ST上昇
心電図を勉強していると「ST上昇は心筋梗塞を意味する」「心筋虚血ではST低下が起こる」と説明されることがあります。
しかし、実際には心筋虚血でもST上昇は起こりますし、心筋梗塞でもST上昇が認められない場合があります。さらに、ST上昇が認められても必ずしも心筋虚血や心筋梗塞が存在するわけではありません。
今回は心筋虚血・心筋梗塞とST変化の関係について基本的な定義から電気生理学的な機序まで詳しく解説します。
心筋虚血と心筋梗塞は何が違う?
まず、心筋虚血と心筋梗塞の違いを理解する必要があります。
心筋虚血(myocardial ischemia)
心筋虚血とは、心筋への酸素供給が需要に対して不足して心筋細胞の代謝や機能に異常が生じた状態です。例えば、冠動脈が狭窄したり、一時的に攣縮したりすると心筋への血流が不足して虚血が発生します。
虚血が短時間で解除されれば心筋細胞は壊死せずに回復することがあります。つまり、心筋虚血は必ずしも心筋壊死を伴うわけではありません。
心筋梗塞(myocardial infarction)
心筋梗塞とは、心筋虚血によって心筋細胞が壊死した状態です。冠動脈の血流障害によって虚血が持続すると心筋細胞に不可逆的な障害が生じて壊死に至ります。
したがって、心筋虚血と心筋梗塞の最も重要な違いは虚血による心筋壊死が存在するかどうかです。なお、臨床的な心筋梗塞の診断では心筋トロポニンの上昇・下降と急性心筋虚血を示す所見などを組み合わせて判断します。
ST上昇は心筋虚血でも起こる?
結論からいうと心筋壊死を伴わない心筋虚血でもST上昇は起こります。代表的な例が冠攣縮性狭心症です。冠攣縮性狭心症では冠動脈が一過性に強く収縮することで心筋への血流が著しく減少します。その結果、心筋虚血が発生して心電図上でST上昇が出現することがあります。
しかし、冠動脈の攣縮が解除されて血流が回復すればST上昇は消失して心筋壊死を伴わずに回復する場合があります。このことから、ST上昇は心筋壊死そのものを示す所見ではないことがわかります。
急性心筋梗塞でも同様
急性冠動脈閉塞によって心筋虚血が生じると心筋細胞が壊死する前からST上昇が出現する場合があります。虚血が持続して心筋壊死に至れば急性心筋梗塞となります。つまり、急性心筋梗塞で認められるST上昇も基本的には虚血に伴う電気生理学的変化によって説明されます。ST上昇が出現した時点で、必ずしも心筋壊死が完成しているわけではありません。
なぜ心筋虚血によってST上昇が起こるのか?
正常な心筋では心室筋の大部分が脱分極しているST部分において心筋組織間の電位差は比較的小さくなります。そのため、正常心電図のST部分はおおむね等電位線付近に位置します。
一方、心筋虚血が発生すると虚血心筋と正常心筋の間に電気生理学的な違いが生じます。虚血心筋では主に以下のような変化が起こります。
- ATP産生の低下
- ATP感受性K⁺チャネルの開口
- 細胞外K⁺濃度の上昇
- 静止膜電位の脱分極
- 活動電位振幅の減少
- 活動電位持続時間の短縮
- 興奮伝導速度の低下
これらの変化によって正常心筋と虚血心筋の間に電位差が生じます。その結果、心筋組織間に電流が発生し体表面心電図でST偏位として観察されることがあります。この現象を説明する古典的な概念が「傷害電流(current of injury)」です。
拡張期傷害電流
虚血心筋では静止膜電位が正常心筋より浅くなることがあります。例えば、正常心筋の静止膜電位が−90 mV、虚血心筋が−70 mVであれば両者の間には電位差が存在します。この電位差によって心室の拡張期にも電流が生じます。
古典的な傷害電流の説明ではこの拡張期電流によってTP部分が偏位し、その偏位した基線を基準にするとST部分が相対的に上昇して見えることがあります。つまり、心電図上のST上昇にはST部分そのものの変化だけでなく基線の偏位も関係しているのです。
収縮期傷害電流
一方、虚血心筋では活動電位の振幅や持続時間も変化します。そのため、心室筋が脱分極しているST期間にも正常心筋と虚血心筋の間に電位差が生じます。この電位差もST偏位に関与します。
実際の虚血性ST上昇には拡張期・収縮期の電位差に加えて局所的な伝導異常や再分極異常など、複数の機序が関係しています。したがって、ST上昇は単一の現象ではなく虚血による複雑な電気生理学的変化が体表面心電図に反映されたものと考えられます。
心筋虚血があってもST上昇しないことはある?
心筋虚血が存在してもST上昇が認められないことは珍しくありません。
心筋虚血ではST上昇以外にもさまざまな心電図変化が出現します。
| 心電図所見 | 代表的な状況 |
|---|---|
| ST上昇 | 急性冠動脈閉塞、冠攣縮など |
| ST低下 | 心内膜下優位の虚血、労作性狭心症など |
| T波変化 | T波陰転、超急性T波など |
| 明らかな変化なし | 軽度・短時間の虚血、標準12誘導で捉えにくい虚血など |
心筋虚血が起こったからといって必ずST上昇が出現するわけではありません。
なぜST上昇とST低下の違いが生じるのか?
古典的な心電図学では虚血が生じる心筋の部位によってST偏位の方向が異なると説明されてきました。
心外膜側を含む高度な虚血
急性冠動脈閉塞などによって心筋壁の広い範囲に高度な虚血が発生するとその虚血領域に面した誘導でST上昇が出現しやすくなります。
心内膜下優位の虚血
心内膜下を主体とする虚血ではST低下が出現しやすくなります。例えば、労作性狭心症では、運動によって心筋の酸素需要が増加し、冠血流による酸素供給が不足することでST低下が出現することがあります。
ただし、ST上昇とST低下の違いは虚血の深さだけで完全に説明できるものではありません。虚血領域の位置や広がり、電極との位置関係、活動電位の変化なども影響します。
また、ST低下はST上昇の対側性変化(reciprocal change)として出現する場合もあるためST低下をすべて心内膜下虚血と解釈することも適切ではありません。
虚血があっても心電図が正常な場合
虚血が軽度であったり、持続時間が短かったりすると体表面心電図で明らかなST変化が認められないことがあります。また、虚血領域の位置によっては標準12誘導心電図で変化を捉えにくい場合もあります。そのため、ST上昇やST低下がないからといって心筋虚血を否定することはできません。
心筋梗塞でもST上昇しないことはある?
心筋梗塞が存在してもST上昇が認められない場合があります。代表的なのが非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)です。
STEMIとNSTEMI
急性心筋梗塞は、臨床的にST上昇型心筋梗塞(STEMI)と非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)に分類されます。
| 項目 | STEMI | NSTEMI |
|---|---|---|
| 心筋壊死 | あり | あり |
| 持続的ST上昇 | 典型的 | 原則なし |
| ST低下 | 対側性変化などで出現 | 出現することがある |
| T波変化 | 出現することがある | 出現することがある |
| 冠動脈完全閉塞 | 多い | 存在することもある |
ここで重要なのは、NSTEMIでも冠動脈が完全閉塞している場合があるという点です。
例えば、左回旋枝の急性閉塞による後壁梗塞では標準12誘導心電図で典型的なST上昇が認められず、V1〜V3のST低下が主体となる場合があります。この場合、V7〜V9などの後壁誘導を追加することでST上昇を確認できることがあります。
したがって、ST上昇が認められないことは冠動脈完全閉塞を否定する根拠にはなりません。
STEMIは貫壁性梗塞、NSTEMIは心内膜下梗塞なのか?
以前はSTEMIは貫壁性梗塞、NSTEMIは心内膜下梗塞に対応すると説明されることがありました。しかし、現在では両者を単純に対応させることは適切ではないと考えられています。
ST偏位はその時点の虚血に伴う電気生理学的変化を反映しています。一方、貫壁性梗塞や心内膜下梗塞という分類は最終的に壊死した心筋の深さを表しています。
例えば、急性冠動脈閉塞によってST上昇が出現しても、早期に再灌流が得られれば心筋壊死が心内膜下の一部にとどまることがあります。逆に、ST上昇が記録されなかった心筋梗塞でも広範な心筋壊死が存在する場合があります。
つまり、STEMI/NSTEMIは臨床・心電図上の分類であり、貫壁性/非貫壁性は病理学的な分類です。両者を同じ意味で使用しないことが重要です。
心筋虚血がなくてもST上昇することはある?
ST上昇は心筋虚血に特異的な所見ではありません。心筋虚血以外にもさまざまな病態でST上昇が認められます。代表的なものには以下があります。
| 原因 | 特徴 |
|---|---|
| 早期再分極 | J点上昇、ノッチやスラーなど |
| 急性心膜炎 | 広範なST上昇、PR低下など |
| 心筋炎 | 局所的または広範なST上昇 |
| たこつぼ症候群 | ST上昇、T波陰転、QT延長など |
| 左室肥大 | QRS変化に伴う二次性ST-T変化 |
| 左脚ブロック | QRS方向と反対向きのST偏位など |
| Brugada型心電図 | 右側胸部誘導の特徴的なST上昇 |
| 陳旧性心筋梗塞 | 左室瘤などに伴う持続性ST上昇 |
例えば、早期再分極では心筋虚血や心筋壊死が存在しなくてもST上昇が認められます。また、陳旧性心筋梗塞では急性虚血が消失した後も梗塞後の構造的・電気的変化によってST上昇が持続する場合があります。
したがって、ST上昇が認められたからといって必ずしも急性心筋虚血や急性心筋梗塞を意味するわけではありません。ただし、新規のST上昇が認められ、急性冠症候群が疑われる場合には緊急性の高い病態を優先して評価する必要があります。
従来の「虚血=T波、傷害=ST、壊死=Q波」は正しい?
古典的な心電図学では次のような分類が広く用いられてきました。
| 病態 | 心電図変化 |
|---|---|
| 心筋虚血(ischemia) | T波変化 |
| 心筋傷害(injury) | ST偏位 |
| 心筋壊死(necrosis) | 異常Q波 |
この分類は、心電図変化を理解するための教育的なモデルとして有用です。しかし、実際の病態を厳密に表しているわけではありません。
例えば、心筋虚血だけでもST上昇が出現します。また、心筋壊死が存在していても異常Q波が形成されない場合があります。さらに、異常Q波は心筋壊死以外の原因でも出現することがあります。
そのため、現在では「T波変化=虚血」「ST偏位=傷害」「異常Q波=壊死」と一対一に対応させることは適切ではありません。
なお、ここでいう古典的な「傷害電流」や「傷害型ST変化」と、心筋トロポニンの上昇によって定義される臨床的な「心筋傷害(myocardial injury)」は区別する必要があります。
ST上昇は心筋壊死の程度を表している?
ST上昇の程度が大きいほど心筋壊死の範囲が広いとは限りません。ST上昇の大きさには以下のような要因が関係します。
- 虚血の重症度
- 虚血の持続時間
- 虚血領域の広がり
- 虚血領域の位置
- 心筋の電気生理学的変化
- 電極と虚血領域の位置関係
- 側副血行の発達
- 再灌流の有無
- 既存の心室肥大や伝導障害
そのため、ST上昇が5 mmある患者と2 mmある患者を比較しても前者の方が必ず広範囲の心筋壊死を起こしているとはいえません。また、ST上昇が改善したことは再灌流を示唆する重要な所見ですが、それだけで心筋組織の血流が完全に回復したと断定することもできません。
心筋虚血・心筋梗塞とST変化の関係を整理
ここまでの内容を整理すると次のようになります。
| 病態 | ST上昇 | ST低下 | T波変化 | 正常心電図 |
|---|---|---|---|---|
| 心筋虚血(壊死なし) | ありうる | ありうる | ありうる | ありうる |
| 急性心筋梗塞 | ありうる | ありうる | ありうる | 初期などでありうる |
| 陳旧性心筋梗塞 | 持続する場合あり | 場合による | 場合による | 場合による |
| 虚血以外の病態 | ありうる | ありうる | ありうる | ありうる |
このように、ST上昇は心筋虚血にも心筋梗塞にも認められますが、どちらの場合も必ず出現するわけではありません。さらに、心筋虚血がなくてもST上昇は出現します。したがって、ST上昇は心筋虚血の必要条件でも十分条件でもありません。
まとめ
心筋虚血・心筋梗塞とST変化の関係について特に重要なのは以下の5点です。
- ST上昇は心筋壊死を伴わない心筋虚血でも起こる。 冠攣縮性狭心症などが代表例です。
- 心筋虚血が存在しても必ずST上昇するわけではない。 ST低下、T波変化、あるいは明らかな心電図変化を伴わない場合もあります。
- 心筋梗塞が存在してもST上昇が認められないことがある。 NSTEMIが代表例であり、冠動脈完全閉塞を伴う場合もあります。
- ST上昇が認められても必ずしも心筋虚血や心筋梗塞が存在するわけではない。 早期再分極、心膜炎、左脚ブロックなど、虚血以外の原因でも出現します。
- ST上昇は心筋壊死そのものを示す所見ではない。 主に虚血などによって生じる心筋の電気生理学的異常を反映しています。
最も重要なのは、心筋虚血・心筋梗塞という「病態」と、ST上昇・ST低下という「心電図所見」を区別して理解することです。
ST上昇の有無だけで心筋虚血や心筋梗塞を判断するのではなく、症状、心電図の経時的変化、心筋トロポニン、心エコーなどを組み合わせて総合的に評価することが重要です。
参考文献
- Thygesen K, et al. Fourth universal definition of myocardial infarction (2018). European Heart Journal. 2019;40:237–269.
- Byrne RA, et al. 2023 ESC Guidelines for the management of acute coronary syndromes. European Heart Journal. 2023;44:3720–3826.
- Acute Myocardial Ischemia: Cellular Mechanisms Underlying ST Segment Elevation.
- ST elevation: Differential diagnosis and caveats. A comprehensive review to help distinguish ST elevation myocardial infarction from nonischemic etiologies of ST elevation.

