90°?120°?左脚後枝ブロックの診断基準を深掘り

左脚後枝ブロックの診断基準における電気軸の違い

左脚後枝ブロック(left posterior fascicular block:LPFB)の診断において、QRS電気軸を+90°以上とするか+120°以上とするかは単なる数値の違いではありません。

この問題の本質は次の3つにあります。

  1. 歴史的背景:左脚分枝ブロックの概念が成立した時代と現代の心電図診断基準が成立した時代では電気軸の扱いが異なる。
  2. 診断学的背景:+90°は右軸偏位の検出に適した閾値であり、+120°は著明な右軸偏位を重視するより厳しい閾値である。
  3. 電気生理学的背景:左脚後枝がブロックされてもQRS電気軸が必ず+120°以上になるわけではなく、逆に+120°以上であってもLPFBとは限らない。

結論:+90°と+120°は、どちらも根拠がある

最初に重要な文献を比較します。

文献・時代LPFBに関する電気軸解釈
Rosenbaumら(1960〜70年代)+120°付近が典型左脚後枝障害による特徴的な右下方への軸変化
1972年の病理学的研究+90°超右室拡大がなければLPFBを疑う
WHO/ISFC(1985年)+90°〜+180°標準化された診断基準
AHA/ACCF/HRS(2009年)+90°〜+180°公式診断基準
Goldberger(第9版)+120°以上偽陽性を減らすための厳格な基準
Pérez-Rieraら(2018年)約+120°、典型範囲+80°〜+140°病態生理とVCGを重視し、単純な閾値には慎重

この表から分かるように、歴史は単純に「昔は+120°、現在は+90°」と変化したわけではありません。+90°を採用する標準化の流れと、+120°を重視する臨床診断の流れが並存してきたと理解するのが適切です。

第1期:電気軸偏位を伝導障害として解釈する時代

現在のLPFBの概念を理解するうえでアルゼンチンの心臓電気生理学者 Mauricio B. Rosenbaum らの研究は欠かせません。従来、右軸偏位は右室肥大や心臓の位置異常などによって説明されることが多く、伝導系の限局性障害が著明な軸偏位を生じさせるという考え方は十分に確立していませんでした。

Rosenbaumらは左脚の前方・後方の伝導路に注目し、左脚全体がブロックされなくても部分的な伝導障害によって前額面QRS電気軸が大きく変化することを体系化しました。

LPFBでは左脚後枝を介した興奮が遅延・途絶することで相対的に左脚前枝などを経由した興奮が先行します。その結果、初期興奮は左上方に向かいやすく、その後の主たる興奮ベクトルは右下方に向かいます。これがI・aVL誘導のrS型、下壁誘導のqR型、右軸偏位を生じる基本的な機序です。

なぜ+120°が重視されたのか

LPFBの典型例では主QRSベクトルがIII誘導(+120°)付近を向きます。したがって、+120°はもともと典型的な興奮ベクトルの方向を表す数値として重要でした。

例えば1972年の American Journal of Cardiology に掲載された一過性LPFBの症例報告ではQRS電気軸が約+120°で、SⅠQⅢパターンを呈し、右室肥大や垂直心が除外される場合にLPFBを疑うという立場が示されています。(Transient left posterior hemiblock. Association with acute lateral myocardial infarction. Am J Cardiol. 1972 Apr;29(4):558-60. )

ただし、初期のすべての研究者が+120°を一律の必須閾値として使用していたわけではありません。

第2期:心電図所見と解剖・病理所見の照合

1970年代の非常に重要な論文がCirculation 1972年掲載の次の研究です。(Gross anatomy associated with patterns called left posterior hemiblock. Circulation. 1972 Aug;46(2):276-82.)

この研究はLPFBと呼ばれる心電図パターンと実際の心臓の解剖学的所見の関係を検討しています。ここで重要なのは、研究者らが+120°に限定せず、成人で+90°を超える軸偏位があり右室拡大などの説明がつかない場合に左脚後枝領域の伝導遅延を疑うべきと述べている点です。

ただし、この論文は+90°超だけでLPFBを確定できると主張しているわけではありません。この区別は現在でも極めて重要です。

  • +90°超:LPFBの可能性を検討する契機
  • +120°付近:典型的なLPFBパターンを支持
  • 確定的な判断:QRS形態、臨床背景、他の右軸偏位原因の除外が必要

つまり、1970年代の時点ですでに、広い閾値と厳格な閾値の双方につながる考え方が存在していました。

1977年:ベクトル心電図研究が示した、電気軸だけでは不十分という問題

British Heart Journal に掲載されたBrohetとArnaudの研究はLPFBの診断を考えるうえで重要です。(Spatial Frank vectorcardiogram in left posterior fascicular block. Criteria and correlation with clinical and electrocardiographic data. Br Heart J. 1977 Feb;39(2):126-38.)

研究では4,600人の患者と340人の健常者を対象とした集団からベクトル心電図基準に合致する18例を選びLPFBの特徴を検討しています。著者らが重要視したのは単純な平均QRS軸ではなく、初期ベクトルと最大ベクトルがほぼ反対方向を向くことでした。その2つのベクトルのなす角は平均152°でした。

さらに、右脚ブロックの合併や心拡大によってベクトルの方向が変化し、下壁心筋梗塞の所見が隠される場合もあると報告しています。この研究の意義はLPFBを単一の角度で定義することの限界を早い時期から示したことです。

第3期:共通の心電図診断基準を整備する時代

1985年、WHOとInternational Society and Federation of Cardiology(ISFC)の合同作業部会が心室内伝導障害の診断基準をまとめました。(Criteria for intraventricular conduction disturbances and pre-excitation. World Health Organizational/International Society and Federation for Cardiology Task Force Ad Hoc. J Am Coll Cardiol. 1985 Jun;5(6):1261-75.)

この勧告は左脚前枝・後枝ブロックだけでなく、右脚ブロック、左脚ブロック、心室早期興奮などの診断用語と基準を標準化することを目的としていました。+90°〜+180°という範囲は少なくともこの標準化の系譜に属します。

1987年:Castellanosらは、診断基準の不確実性を指摘していた

Castellanosらは左脚分枝ブロックの心電図診断基準が長年議論の対象であったことを指摘しています。(Recent advances in the diagnosis of fascicular blocks. Cardiol Clin. 1987 Aug;5(3):469-88.)

さらに、診断基準の感度と特異度については独立した検証が必要であるとしています。これは非常に大切な指摘です。

例えば、+90°と+120°のどちらを採用すべきかを科学的に比較するためには心電図所見とは独立した方法でLPFBの真の有無を判定できなければなりません。しかし、LPFBは解剖学的にも機能的にも複雑で、12誘導心電図から伝導障害の部位を直接観察することはできません。そのため、+120°という閾値を採用すれば特異度が何%上昇する、といった確立した数値を示すことは難しいのです。

2009年:AHA/ACCF/HRSの公式診断基準

LPFBの診断基準

AHA/ACCF/HRSの勧告では、成人のLPFBについて次の4条件を提示しています。(AHA/ACCF/HRS recommendations for the standardization and interpretation of the electrocardiogram: part III. J Am Coll Cardiol. 2009 Mar 17;53(11):976-81.)

項目基準
前額面QRS電気軸+90°〜+180°
I・aVL誘導rS型
III・aVF誘導qR型
QRS幅120 ms未満

注目したいのは軸偏位について+120°以上を要求していないことです。例えばQRS電気軸が+105°であっても、ほかの形態条件を満たせば公式基準上はLPFBに合致し得ます。ただし、これだけで実際に左脚後枝にブロックが存在すると確定するわけではありません。

同じ勧告で、+120°以上を別に定義している

実はこの論文には診断基準とは別に、右軸偏位の程度についての分類があります。

QRS電気軸AHA/ACCF/HRSの分類
−30°〜+90°正常軸
+90°〜+120°中等度右軸偏位
+120°〜+180°著明な右軸偏位

そして、著明な右軸偏位はLPFBにしばしば関連すると説明されています。つまり同じ論文の中で、LPFBの診断基準は+90°〜+180°だがLPFBに特徴的な著明な右軸偏位は+120°〜+180°であるという2つの記述が両立しています。ここを混同すると+120°以上がAHAの必須診断基準であるかのような誤解が生じます。

日本の診断基準:実は+110°以上という第三の立場がある

日本循環器学会の Guidelines for Clinical Cardiac Electrophysiologic Studies(JCS 2011) では、LPFBの診断条件として+110°以上の右軸偏位が採用されています。

具体的には次の条件が記載されています。

  • QRS幅120 ms未満
  • 右室肥大、肺気腫、広範な側壁梗塞、垂直心がない
  • QRS電気軸が+110°以上
  • IまたはaVL誘導がrS型
  • IIIまたはaVF誘導がqR型

この+110°という基準はAHAの+90°とGoldbergerの+120°の中間に位置します。ただし、なぜ110°が選択されたのかについて当該ガイドラインの表だけから感度・特異度に基づく根拠を確定することはできません。

Goldbergerが+120°以上を採用する理由

著名な心電図教科書 Goldberger’s Clinical Electrocardiography: A Simplified Approach 第9版では、LPFBの診断に+120°以上を採用しています。この教科書は+90°〜+100°程度を採用する著者もいると認めたうえで、そうした基準では偽陽性が増えると考えています。

ここには重要な診断学的考え方があります。LPFBは非常にまれな伝導障害です。一方、右軸偏位はLPFB以外にも、右室肥大、肺疾患、垂直心、側壁梗塞など、さまざまな原因で出現します。そのため、右軸偏位が軽度であればLPFB以外の原因によって説明できる可能性が相対的に高くなります。

閾値を変更すると何が起こるか

一般に、ほかの条件が同じであれば、閾値を+90°から+120°へ厳しくすることでLPFB以外の右軸偏位を拾う機会は減ります。一方、比較的軽度の右軸偏位しか示さないLPFBを見逃す可能性があります。ただし、閾値を厳しくすることが必ずしもLPFB診断の実際の特異度向上を証明するわけではありません。

2018年の詳細なレビュー:+120°を中心とする連続的な病態

2018年のPérez-Rieraらによるレビューは、LPFBの電気軸を非常に詳しく論じています。(Left posterior fascicular block, state-of-the-art review: A 2018 update. Indian Pacing Electrophysiol J. 2018 Nov-Dec;18(6):217-230.)

このレビューではLPFBの典型的な電気軸を約+120°としながら、+80°〜+140°という範囲を記載しています。これはAHAの+90°〜+180°という診断基準とは異なります。著者らはLPFBによって生じるベクトル変化をより連続的な現象として捉えています。

さらに、III誘導のR波がII誘導のR波より大きいこと(RⅢ>RⅡ)を+120°付近に近い主QRSベクトルを示す特徴として挙げています。

RⅢ>RⅡが意味すること

前額面において、II誘導の正方向は+60°、III誘導の正方向は+120°です。主QRSベクトルが+120°方向に近づけばIII誘導への投影がII誘導への投影より大きくなる傾向があります。

ただし、実際のR波高は初期ベクトル、終末ベクトル、心臓の電気的な大きさなどにも左右されるためRⅢ>RⅡだけで電気軸を決定することはできません。

また、このレビューは+80°〜+140°を単純な確定診断基準として使用するよう提案しているわけではありません。LPFBの生理学的な表現型の範囲と臨床で用いる診断閾値は異なるという点が重要です。

なぜ左脚後枝が障害されても、+120°以上にならない場合があるのか

① もともとの電気軸が異なる

例えば、LPFB発生前の電気軸が+10°である人と+80°である人では、同程度の右方への軸変化が生じても最終的な電気軸は異なります。

仮に、それぞれ60°右方へ変化したとすると、

  • +10° → +70°
  • +80° → +140°

となります。

これは説明のための仮想例であり、LPFBが必ず60°の軸変化を生じるという意味ではありません。

② 左脚後枝の伝導障害が不完全である

左脚後枝の伝導が完全に途絶した場合と、伝導遅延のみの場合では、心室興奮の分布が異なる可能性があります。したがって、伝導障害が部分的な場合、典型的な+120°付近まで軸が変化しないことも理論的には考えられます。

③ 左脚の解剖学的構造には個人差がある

左脚は単純な2本の電線ではなく左室中隔面に広がる複雑なPurkinje線維網です。中隔枝の存在や前枝・後枝間のネットワークによって障害後の興奮伝播は変化します。

④ 他の心疾患がQRSベクトルに影響する

心筋梗塞、心室肥大、心室内伝導遅延などが合併するとLPFBによる軸変化が修飾されます。例えば、1977年のBrohetらの研究でも、心拡大や右脚ブロックの合併によってベクトル心電図所見が変化することが示されています。したがって、実際のLPFBは、単純に+90°または+120°という数字で完全に区切れる病態ではありません。

+120°以上でもLPFBと診断できない理由

LPFBの診断では右軸偏位の原因を除外することが極めて重要です。

鑑別疾患・状態右軸偏位を生じる主な機序
右室肥大右室側の起電力増大
肺高血圧症右室圧負荷・右室肥大
慢性肺疾患心臓位置変化、右室負荷
垂直心心臓の位置による電気軸変化
側壁心筋梗塞左方起電力の減少
心室早期興奮副伝導路による興奮順序の変化
電極装着間違い見かけ上の電気軸異常

特に側壁梗塞による右軸偏位はLPFBとの鑑別上重要です。LPFBでは初期ベクトルが左上方へ向かうことでI・aVL誘導に小さなr波が形成されますが、側壁梗塞ではこの初期r波が消失する場合があります。

また、右脚ブロックを合併したLPFBでは単独LPFBのQRS幅120 ms未満という条件をそのまま適用できません。右脚ブロック自体によってQRS幅が延長するためです。

どの基準が最も妥当なのか

どの診断基準が妥当なのかは目的によって答えが変わります。

目的適した考え方
AHAに準拠した心電図診断+90°〜+180°
日本のJCS 2011に準拠+110°以上
厳格なLPFBの教育・判定+120°以上を重視
LPFBの電気生理学的理解絶対的な軸だけでなく、軸の変化とQRS形態を重視
LPFBの研究・疫学調査採用した診断基準を明記

ここで一つ注意したいのは、+90°と+120°の優劣について、大規模な独立検証によって確立された感度・特異度の比較データが十分にあるわけではないということです。

したがって、+120°以上の方が「科学的に正しい」と断言することも、+90°以上で「必ず診断できる」と考えることも適切ではありません。

左脚後枝ブロックの電気軸診断基準

左脚後枝ブロック(LPFB)は、左脚後枝の伝導障害によって左室の興奮伝播が変化し、特徴的な右軸偏位を呈する心室内伝導障害です。

前額面QRS電気軸について、2009年のAHA/ACCF/HRSの診断基準では+90°〜+180°とされています。一方、日本のJCS 2011ガイドラインでは+110°以上、Goldbergerの心電図教科書では+120°以上というより厳格な基準が採用されています。

この違いは、右軸偏位を広く検出するか、LPFBに特徴的な著明な右軸偏位を重視するかという診断上の考え方の違いを反映しています。

一般に、診断閾値を低く設定すると感度が高まる一方で特異度が低下し、閾値を高く設定すると特異度が高まる一方で感度が低下するというトレードオフがあります。

したがって、これらの基準の違いはLPFBを幅広く検出するか、より著明な右軸偏位を重視して偽陽性を減らすか、という診断上の考え方の違いとして解釈できます。ただし、各閾値の感度・特異度を直接比較した十分な検証データはなく、特定の閾値が最適であると確立されているわけではありません。

最終的な考察

LPFBの診断基準の歴史から導かれる最も重要な点は以下の2点です。

・+120°はLPFBに特徴的な電気軸であり、+90°は国際的な標準化診断基準の下限である。この2つは対立する概念ではなく、診断の目的と厳格さの違いを反映している。

・JCS 2011が+110°を採用していること、2018年のレビューが+80°〜+140°という幅のある表現型を記載していることからも分かるように、LPFBを一つの角度で完全に定義することには限界がある。