右脚・左脚は電気的に絶縁されている?メカニズムを深掘り

刺激伝導系

心臓の刺激伝導系は、洞結節から房室結節、ヒス束、右脚・左脚、プルキンエ線維を経由して心室筋へ興奮を伝えています。ここで、次のような疑問が生じます。

  • 右脚・左脚は周囲の心室筋から電気的に絶縁されているのか?
  • 絶縁されているなら、なぜ脚ペーシングが可能なのか?
  • 心室期外収縮(PVC)の興奮が脚へ逆行性に侵入するのはなぜか?
  • 逆行性伝導には必ずプルキンエ線維が必要なのか?

これらを理解するには「生理的な興奮伝導に対する絶縁」と「外部からの電気刺激に対する絶縁」を区別することが重要です。

今回は、右脚・左脚の解剖学的構造からR脚ペーシング、PVCの逆行性伝導まで詳しく解説します。


右脚・左脚は電気的に絶縁されている?

結論からいうとヒス束や左右の脚は、周囲の作業心筋から線維性結合組織によって隔てられており、生理的な興奮伝導に関して機能的に絶縁されています。

ただし、刺激伝導系全体が完全かつ一様に絶縁されているわけではありません。

そもそも「電気的な絶縁」とは?

心筋細胞同士の興奮伝導は主にギャップ結合(gap junction)を介した局所電流によって成立します。ある心筋細胞に活動電位が発生すると隣接する心筋細胞へ局所電流が流れて次の細胞が脱分極します。この過程が繰り返されることで、興奮が心筋内を伝わります。

一方、ヒス束や脚の周囲には線維性結合組織が存在し作業心筋との直接的な細胞間接続が制限されています。そのため、脚の内部を伝わる興奮が途中で自由に周囲の心室筋へ広がることはありません。

つまり、ここでいう絶縁とは細胞間の直接的な興奮伝導が制限されている状態を意味します。電気的に完全な不導体で覆われているという意味ではありません。

ヒス束・脚・プルキンエ線維では絶縁の程度が異なる

刺激伝導系は部位によって解剖学的構造が異なり周囲の心筋との電気的な関係も一様ではありません。

部位絶縁の特徴
ヒス束貫通部線維性心臓骨格によって周囲の心筋から強く隔離される
ヒス束分岐部周囲の心筋との直接的な興奮伝導が制限される
右脚近位部比較的まとまった伝導路として走行し、周囲の心筋から隔てられる
左脚近位部周囲の心筋との直接的な伝導が制限されるが、広いシート状の構造をとる
脚の末梢分枝分岐が進み、末梢プルキンエ線維網へ移行する
プルキンエ線維多くの部分で周囲の心筋から隔てられ、特定の接合部で心室筋と電気的に接続する

特に重要なのは、プルキンエ線維もその全長にわたって周囲の心室筋と自由に興奮をやり取りしているわけではないという点です。

末梢のプルキンエ線維はプルキンエ線維–心室筋接合部(Purkinje–ventricular junction:PVJ)を介して作業心筋へ興奮を伝えます。したがって、「脚は絶縁されているがプルキンエ線維は絶縁されていない」という単純な区別は正確ではありません。また、脚の末梢分枝とプルキンエ線維は連続した構造であり両者の間に常に明瞭な解剖学的境界が存在するわけでもありません。

なぜ脚は絶縁されているのか?

脚が周囲の心室筋から隔てられていることには心室興奮の順序を保つという重要な意義があります。正常な心室興奮は主に次の経路を進みます。

ヒス束 → 右脚・左脚 → 末梢プルキンエ線維網 → 心室筋

この経路によって興奮は高速で心室内へ分配され、広範囲の心室筋が短時間で興奮します。もし脚の途中で周囲の心室筋へ無秩序に興奮が伝わると正常な心室興奮の順序が変化する可能性があります。

線維性結合組織による隔離は特殊刺激伝導系の興奮を適切な経路に沿って伝えるうえで重要な役割を果たしています。ただし、正常な心室興奮の成立には絶縁だけでなく、伝導系の分岐構造、伝導速度、プルキンエ線維–心室筋接合部の分布なども関係しています。


絶縁されているのに、なぜ脚ペーシングが可能なのか?

ここで疑問になるのがヒス束ペーシング(His bundle pacing:HBP)や左脚領域ペーシング(left bundle branch area pacing:LBBAP)の存在です。脚が電気的に絶縁されているなら外部から電気刺激を与えて興奮させることはできないように思えます。

しかし、実際には可能です。その理由は、生理的な細胞間伝導とペーシングによる電気刺激では、興奮を引き起こす仕組みが異なるためです。

生理的な興奮伝導の場合

生理的な興奮伝導では興奮した細胞から隣接する細胞へ局所電流が流れます。この伝導には細胞間の電気的結合が重要です。脚と周囲の心室筋の間に線維性結合組織が介在すると直接的な細胞間伝導は制限されます。

ペーシングの場合

一方、ペーシングでは電極から刺激電流が流れて周囲の導電性組織に電場が形成されます。この電場によって細胞内外の電位分布が変化して細胞膜が十分に脱分極すると活動電位が発生します。

ここで重要なのは、電極と脚の細胞内部が直接つながっている必要はないということです。線維性結合組織は細胞間の直接的な興奮伝導を制限しますが、電気伝導率が完全にゼロというわけではありません。そのため、電極からの刺激電流によって周囲の心筋から機能的に隔離された脚を興奮させることができます。

電場は電流を流さずに興奮を起こすのか?

そうではありません。ペーシングでは実際に周囲の組織内を電流が流れています。電場と電流密度の関係は局所的には次の式で表されます。

J = σE

  • J:電流密度
  • σ:組織の電気伝導率
  • E:電場

つまり、電場によって導電性組織内に電流が流れその結果として細胞膜の電位が変化します。ただし、電流が存在するだけで必ず活動電位が発生するわけではありません。実際の興奮の成立には、電場の強さや方向、刺激時間、細胞の走行、細胞膜の興奮性などが関係します。

選択的左脚ペーシングは何を意味する?

左脚領域ペーシングでは刺激によって捕捉される組織に違いがあります。

ペーシング捕捉される組織
選択的左脚ペーシング(selective LBBP)左脚伝導系のみ
非選択的左脚ペーシング(non-selective LBBP)左脚伝導系と周囲の中隔心筋

選択的左脚ペーシングでは左脚伝導系を直接興奮させながら隣接する心室筋を直接捕捉しない場合があります。これは、左脚伝導系と周囲の心室筋を電気刺激によって区別して捕捉できることを示しています。

ただし、選択的捕捉が成立すること自体は左脚が解剖学的に完全に絶縁されていることの証明ではありません。捕捉の違いには、電極の位置、刺激出力、組織との距離、興奮閾値なども関係します。


心室期外収縮の興奮は脚へ逆行性に侵入できる?

ここまでの説明を読むとさらに疑問が生じます。脚が周囲の心室筋から絶縁されているのであれば、心室期外収縮(PVC)の興奮は脚へ逆行性に侵入できないのではないでしょうか。実際には、PVCの興奮が右脚や左脚へ逆行性に侵入することはあります。

ただし、脚の側面から周囲の心室筋の興奮が直接侵入する必要はありません。重要なのは末梢のプルキンエ線維と心室筋が電気的に接続していることです。

PVCの逆行性伝導経路

正常な興奮伝導は主に次の方向へ進みます。

ヒス束 → 脚 → プルキンエ線維 → 心室筋

一方、PVCでは条件によって逆方向の伝導が成立します。

心室筋 → 末梢プルキンエ線維 → 脚 → ヒス束

これは、PVCの興奮がプルキンエ線維–心室筋接合部から特殊刺激伝導系へ侵入し、近位方向へ伝わる経路です。したがって、脚の周囲が絶縁されていても末梢の接合部を介した逆行性伝導は可能です。

ただし、すべてのPVCでこのような逆行性伝導が成立するわけではありません。PVCの発生部位、プルキンエ線維との接続、伝導系の不応期などによって逆行性侵入の有無や到達範囲は異なります。また、PVC自体がプルキンエ線維を起源とする場合もあります。


PVCの興奮が脚へ逆行性に侵入するには、必ずプルキンエ線維が必要?

正常な心臓において心室筋から脚へ興奮が逆行性に侵入する場合、末梢のプルキンエ線維–心室筋接合部を介する経路が基本的な説明になります。しかし、すべての逆行性侵入が解剖学的に明確に区別できる「プルキンエ線維」を必ず通過すると断言するのは適切ではありません。その理由は、脚の末梢分枝とプルキンエ線維の境界が必ずしも明瞭ではないためです。

脚とプルキンエ線維は連続している

右脚や左脚は末梢へ進むにつれて分岐しプルキンエ線維網へ移行します。しかし、その移行部に明確な境界線が存在するわけではありません。そのため、末梢の脚分枝に近い部位で心室筋から伝導系への興奮の侵入が成立した場合、それを「脚への直接侵入」と呼ぶのか、「プルキンエ線維を介した侵入」と呼ぶのかは解剖学的な定義によって変わる可能性があります。

近位の脚へ直接侵入することはある?

一方、右脚や左脚の近位部では周囲の作業心筋との直接的な細胞間伝導が制限されています。そのため、正常心において、周囲の心室筋から近位の脚の側面へ直接興奮が侵入することは一般的な伝導経路とは考えられていません。

ただし、これはすべての解剖学的部位で直接接続が絶対に存在しないことを証明するものではありません。さらに、病的な心筋や刺激伝導系では組織構築が変化することもあり、正常心の解剖学的関係をそのまま当てはめられない場合があります。

したがって、PVCによる脚への逆行性侵入については、

「心室筋から末梢His–Purkinje系を介して脚へ逆行性に伝導する」

と表現するのが適切です。

なお、ここで議論しているのは心室筋から脚への逆行性侵入です。心室から心房への逆行性伝導については副伝導路など別の経路も存在するため区別して考える必要があります。


9.脚の絶縁と脚ペーシング・逆行性伝導の関係を整理

ここまでの内容をまとめると次のようになります。

疑問回答
右脚・左脚は絶縁されている?生理的な細胞間伝導に関して、周囲の心筋から機能的に隔離されている
完全に絶縁されている?部位によって異なり、全長にわたる完全な絶縁とはいえない
プルキンエ線維も絶縁されている?多くの部分で周囲の心筋から隔てられている
なぜ脚ペーシングが可能?外部からの刺激電流によって細胞膜を脱分極させられるため
ペーシングでは電流が流れる?実際に周囲の導電性組織内を電流が流れる
PVCの興奮は脚へ逆行性に侵入できる?可能
逆行性侵入の主な経路は?末梢His–Purkinje系を介する経路
PVCは近位の脚へ直接侵入できる?正常心における一般的な経路としては確立されていない
逆行性侵入は後続するQRS波形に影響する?脚の不応期を変化させ、変行伝導を生じる可能性がある

10.まとめ

右脚・左脚は、周囲の作業心筋から線維性結合組織によって隔てられており、生理的な興奮伝導に関して機能的に絶縁されています。しかし、この絶縁は電気的に完全な不導体で覆われているという意味ではありません。

そのため、外部から刺激電流を与えることで脚を直接興奮させることができます。これがヒス束ペーシングや左脚ペーシングを可能にする基本的な原理です。

また、末梢のプルキンエ線維は心室筋と電気的に接続しているためPVCの興奮が末梢His–Purkinje系を介して脚へ逆行性に侵入することもあります。

つまり、次の3つは互いに矛盾しません。

① 脚は周囲の心室筋から機能的に絶縁されている。

② 脚は外部からのペーシングによって直接興奮させることができる。

③ PVCの興奮は末梢His–Purkinje系を介して脚へ逆行性に侵入できる。

これらを理解するうえで最も重要なのは「細胞間の生理的な興奮伝導」と「外部電場による刺激」、そして「末梢の接合部を介した逆行性伝導」は、それぞれ異なる仕組みで成立しているという点です。

脚の絶縁は、刺激伝導系と作業心筋の間の興奮伝導を制限する仕組みであって、外部からの電気刺激や、正常に存在する末梢の接続部を介した伝導まで完全に遮断するものではありません。

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