右脚・左脚とプルキンエ線維の境界はどこ?両者の違いを深掘り

刺激伝導系

心臓の刺激伝導系は一般的に次の順番で説明されます。

洞結節 → 房室結節 → ヒス束 → 右脚・左脚 → プルキンエ線維 → 心室筋

この説明を見ると、右脚・左脚とプルキンエ線維はそれぞれ明確に区別された構造であるように思えます。しかし、ここで一つの疑問が生じます。

「右脚・左脚はどこまで続いていて、どこからプルキンエ線維になるのでしょうか?」

実は、右脚・左脚と末梢プルキンエ線維の間には明確な解剖学的境界が存在するわけではありません。では、なぜ両者を区別しているのでしょうか?今回は脚とプルキンエ線維の境界について、解剖学・組織学・電気生理学・歴史的背景から詳しく解説します。


右脚・左脚とプルキンエ線維の違い

まず、両者の一般的な違いを整理します。

項目右脚・左脚末梢プルキンエ線維
主な役割興奮を心室の各領域へ運ぶ興奮を広範囲の心室筋へ分配する
形態比較的まとまった束状・帯状構造多数に分岐した網状構造
主な分布心室中隔から末梢方向心室の心内膜下
構成細胞特殊伝導心筋細胞特殊伝導心筋細胞
解剖学的境界明確な境界はない明確な境界はない

脚とプルキンエ線維はどちらも心室の特殊伝導系を構成する組織です。両者の大きな違いは興奮を運ぶための比較的まとまった伝導路なのか、興奮を広範囲へ分配するための網状構造なのかという点です。

例えば、道路に例えると脚は幹線道路、末梢プルキンエ線維はそこから分岐して各地域へ広がる道路網に相当します。ただし、幹線道路から一般道路へ移行する場所に必ずしも明確な境界が存在するわけではありません。脚とプルキンエ線維の関係もこれに似ています。

脚とプルキンエ線維の間に明確な境界はあるのか?

結論からいうと脚と末梢プルキンエ線維の間には普遍的に定義された明確な解剖学的・組織学的境界はありません。両者は連続した特殊伝導組織であり脚が末梢へ進むにつれて分岐してプルキンエ網へ移行していきます。

一般的には比較的まとまった束状の伝導路を「脚」、そこから多数に分岐して心内膜下に網状に広がる部分を「プルキンエ線維」と呼びます。しかし、最初の分枝が生じた場所を境界とするわけではありません。脚の主幹が残ったまま側枝を出すこともあり、分枝の開始部と主幹の終端が必ずしも一致しないためです。また、脚の終点を一定の距離や特定の解剖学的位置によって定義することもできません。

つまり、束状構造から網状構造へ移行する領域が実用的な目安となりますが、「ここから先がプルキンエ線維」と断定できる普遍的な境界はないのです。

組織学的には区別できないのか?

① 構成する細胞に共通点が多い

ヒス束、右脚、左脚、プルキンエ線維はいずれも特殊化した心筋細胞から構成されています。末梢プルキンエ細胞には一般的に次のような特徴があります。

  • 筋原線維が比較的少ない
  • グリコーゲンを多く含む
  • 細胞質が淡明に見えることがある
  • 通常の心室作業心筋とは異なる細胞形態を示すことがある
  • 速い興奮伝導に適した細胞間結合を備える

しかし、脚を構成する細胞と末梢プルキンエ細胞の特徴は重なっています。また、近位の伝導組織から末梢へ進むにつれて細胞の形態や配列が徐々に変化します。

したがって、ある細胞を顕微鏡で観察しただけでそれが脚に属する細胞なのか、末梢プルキンエ線維に属する細胞なのかを確実に判断できるとは限りません。特にヒトでは典型的なプルキンエ細胞の形態が明瞭でない場合もあります。

② 線維性被膜の有無は境界になるのか?

ヒス束や近位の脚は周囲の心室作業心筋から結合組織によって電気的に隔離されています。この構造により興奮が途中で周囲の心室筋へ広がることを制限し、特殊伝導路を通って効率的に末梢へ伝わることができます。

それでは、線維性被膜がなくなった場所が脚とプルキンエ線維の境界なのでしょうか?

答えは「いいえ」です。

末梢プルキンエ線維にも周囲の心室作業心筋から隔離された部分が存在するためです。線維性隔離の消失や作業心筋との電気的結合はむしろプルキンエ線維と心室作業心筋の接合部を考えるうえで重要になります。この接合部はPurkinje–ventricular junction(PVJ)と呼ばれます。したがって、脚とプルキンエ線維の境界とプルキンエ線維と心室作業心筋の接合部は区別して考える必要があります。

右脚とプルキンエ線維の境界

右脚は左脚と比較すると比較的まとまった細い束として走行します。ヒス束から分岐した右脚は心室中隔の右室側を心尖部方向へ下降し、中隔縁柱や調節帯(moderator band)と関係しながら右室の末梢へ向かいます。その後、分枝を形成して右室の心内膜下に広がるプルキンエ網へ連続します。

ここで重要なのは調節帯が右脚とプルキンエ線維の明確な境界になるわけではないということです。

調節帯は右脚の走行を理解するための重要な解剖学的指標ですが、調節帯に入った場所や調節帯から出た場所を一律に境界と定義することはできません。実用的には比較的まとまった主幹を右脚と呼び、そこから分岐して右室心内膜下に網状に広がる部分を末梢プルキンエ網と呼びます。しかし、その移行は連続的であり明確な終点を設定することは困難です。

左脚とプルキンエ線維の境界

左脚では右脚よりもさらに複雑な構造を示します。右脚が比較的細い束として走行するのに対し、左脚は心室中隔の左室側に現れた後に幅広い帯状ないし扇状に広がります。

古典的には左脚は次の2つに分けられます。

  • 左脚前枝(left anterior fascicle)
  • 左脚後枝(left posterior fascicle)

しかし、実際の左脚の分枝構造はさらに複雑です。中隔方向へ向かう伝導路も存在し、左脚中隔枝(left septal fascicle)という概念も提唱されています。ただし、左脚中隔枝が常に独立した明瞭な一本の枝として存在するわけではありません。

また、左脚の各分枝は末梢でさらに分岐して心内膜下のプルキンエ網へ連続します。そのため、左脚前枝や後枝がどこで終わり、どこから末梢プルキンエ線維になるのかを厳密に定義することは困難です。

左脚前枝・後枝はプルキンエ線維なのか?

これは「プルキンエ線維」という用語をどの範囲で使用するかによって異なります。狭義にはプルキンエ線維は脚から分岐して心内膜下に広がる末梢の伝導網を指します。この場合、左脚前枝・後枝は末梢プルキンエ網とは区別されます。

一方、広義のプルキンエ系には脚やその分枝を構成する特殊伝導細胞も含めて考えることがあります。つまり、左脚前枝・後枝を構成する細胞と末梢プルキンエ細胞は完全に異なる種類の細胞というわけではありません。

細胞の性質に着目するのか、解剖学的な構造に着目するのかによって分類の仕方が変わるのです。

電気生理学的には区別できないのか?

脚とプルキンエ線維はいずれも心室作業心筋より速い興奮伝導を担う組織です。代表的な伝導速度の目安は次のとおりです。

組織伝導速度の目安
房室結節約0.02〜0.05 m/s
ヒス束・脚約1〜3 m/s
プルキンエ線維約2〜4 m/s
心室作業心筋約0.3〜1 m/s

※数値は概数であり、動物種、測定条件、線維方向などによって変化します。

脚とプルキンエ線維の伝導速度には重なりがあり、一定の速度を境界として両者を区別することはできません。また、活動電位の形態についても両者は速い第0相脱分極などの共通した特徴を示します。

末梢プルキンエ細胞には潜在的自動能や特有の不応期特性がありますが、これらの性質だけで脚との境界を確実に判断することはできません。したがって、電気生理学的にも脚とプルキンエ線維を明確に分ける普遍的な基準はありません。

なぜ明確な境界がないのに、脚とプルキンエ線維を区別しているのか?

ここまでの説明から脚とプルキンエ線維が連続した特殊伝導組織であり、明確な境界を持たないことがわかりました。それでは、なぜ両者を区別する必要があるのでしょうか?

主な理由は4つあります。

① 解剖学的な構造が異なるため

脚は比較的まとまった束状・帯状の構造を形成します。一方、末梢プルキンエ線維は多数に分岐して心内膜下に広範囲の網状構造を形成します。両者は連続していますが全体としての形態には明らかな違いがあります。

② 電気生理学的な役割が異なるため

脚はヒス束から伝わった興奮を心室の各領域へ効率的に運ぶ役割を担います。一方、末梢プルキンエ網はその興奮を広範囲の心室作業心筋へ分配します。つまり、脚は興奮を運ぶ幹線経路、末梢プルキンエ網は興奮を各部位へ分配する経路として理解できます。ただし、両者の機能が完全に分離されているわけではなくあくまで主な役割の違いです。

③ 歴史的に別々に発見されたため

脚とプルキンエ線維が区別される背景には発見の歴史も関係しています。

1839年:Purkinjeによる末梢線維の記載

Jan Evangelista Purkinjeが心内膜下に存在する特徴的な線維状構造を記載しました。ただし、この時点では刺激伝導系全体の構造や機能は明らかになっていませんでした。

1893年:Hisによる房室連絡束の報告

Wilhelm His Jr.が心房と心室を連絡する特殊な筋束を報告しました。これが後にヒス束と呼ばれる構造です。

1906年:田原淳による刺激伝導系の体系化

田原淳は連続組織切片を用いた詳細な解剖学的研究によって、房室結節、ヒス束、左右脚、末梢プルキンエ線維が連続した伝導系を形成することを示しました。つまり、プルキンエ線維はヒス束より先に発見され、その後の研究によって両者が連続した構造であることが明らかになったのです。このような歴史的背景も現在までそれぞれの名称が使われている理由の一つです。

④ 臨床的に区別する意義があるため

脚と末梢プルキンエ網では伝導障害が生じた場合の影響が異なります。例えば、右脚主幹に伝導障害が生じた場合、右室への正常な興奮伝播が大きく変化して典型的な右脚ブロックのQRS波形を生じることがあります。

一方、右室末梢のプルキンエ網の一部分に伝導障害が生じても必ずしも典型的な右脚ブロックの波形になるとは限りません。これは、主幹の障害と末梢の限局した障害では影響を受ける興奮伝播の範囲が異なるためです。ただし、広範な末梢伝導障害によって脚ブロック様の波形が生じることもあります。

そのため、12誘導心電図で脚ブロックの波形を認めたからといって、必ずしも脚の主幹に限局した障害が存在すると断定できるわけではありません。

心電図上の脚ブロックは興奮伝播の異常から推定される電気生理学的診断であり、障害部位の厳密な解剖学的位置を直接証明するものではないという点が重要です。

脚とプルキンエ線維の境界を定義する基準はあるのか?

ここまでの内容を整理すると、次のようになります。

判断基準境界としての妥当性
細胞の形態明確な境界にはならない
伝導速度明確な境界にはならない
活動電位の特徴明確な境界にはならない
線維性被膜の消失境界として不適切
最初の分枝が生じる場所一律には定義できない
調節帯の位置右脚の普遍的な境界ではない
束状構造から網状構造への移行実用的な形態学的目安となる

このように、脚とプルキンエ線維を区別するための単一の解剖学的・組織学的・電気生理学的基準はありません。一般的には、伝導組織の走行や分岐形態によって区別されています。

まとめ

右脚・左脚とプルキンエ線維は、連続した特殊伝導組織です。両者の間には、明確な解剖学的・組織学的境界が存在するわけではありません。一般的には、比較的まとまった束状・帯状の伝導路を脚と呼び、そこから分岐して心内膜下に網状に広がる末梢の伝導組織をプルキンエ線維と呼びます。

両者が区別されるのは、解剖学的な形態、興奮伝導における役割、歴史的な命名、臨床的な有用性に違いがあるためです。したがって、脚とプルキンエ線維は完全に独立した別種の組織というより、連続した心室特殊伝導系のうち、比較的まとまった近位の伝導路と、末梢に広がる分岐・網状構造を区別した名称と理解するのが適切です。


参考文献

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  3. Revisiting the Atrioventricular Conduction Axis for the 21st Century. 2024.
  4. Tanaka S, et al. Purkinje fibers and ventricular myocardium. Acta Histochem Cytochem. 2005.