房室結節間路は本当に存在するのか?100年以上続く論争を深掘り

はじめに

洞結節で発生した電気的興奮は右心房内を伝わって房室結節に到達します。この洞結節と房室結節を結ぶ経路として従来の心電図や生理学の教科書では次の3本の房室結節間路(internodal tracts)が紹介されてきました。

  • 前結節間路(anterior internodal tract)
  • 中結節間路(middle internodal tract)
  • 後結節間路(posterior internodal tract)

これらは、それぞれBachmann、Wenckebach、Thörelの名前と関連づけられることがあります。しかし、実はこれら3本の経路がヒス束や脚のような独立した特殊伝導組織として存在するかどうかについては100年以上にわたって議論が続いてきました。

現在では洞結節から房室結節へ向かう優先的な伝導経路は存在するものの、それらが独立した特殊伝導線維束を形成しているという証拠は不十分と考えられています。

今回は房室結節間路が提唱された歴史からその存在をめぐる解剖学的・電気生理学的な論争、そして現在の理解まで詳しく解説します。


なぜ房室結節間路の存在が考えられたのか?

洞結節は右心房の上部、上大静脈との接合部付近に存在します。一方、房室結節は右心房下部のKoch三角内に存在します。洞結節で発生した興奮は心房筋を興奮させながら房室結節に到達しますが、この伝導は比較的短時間で行われます。

そのため、古くから次のような疑問がありました。

「洞結節から房室結節まで興奮は通常の心房筋を伝わっているだけなのか。それとも、特別な高速伝導路が存在するのか?」

この疑問に対して大きく2つの考え方が提唱されました。

① 特殊伝導路説

洞結節と房室結節の間には通常の心房筋とは異なる性質をもつ伝導組織が存在し、興奮を効率的に伝えているという考え方です。ヒス束や脚のような特殊伝導系に類似した構造が心房内にも存在すると想定します。

② 通常心房筋伝導説

洞結節から房室結節への興奮は、基本的に通常の心房筋を介して伝わるという考え方です。ただし、心房筋の配列は均一ではありません。

筋線維の方向や解剖学的な構造によって伝導速度が異なるため、通常の心房筋だけでも興奮が優先的に伝わる経路が形成されると考えます。

現在では後者の考え方が解剖学的・電気生理学的な研究によって強く支持されています。


1910年:Thörelによる特殊伝導路の提唱

房室結節間路の歴史は20世紀初頭までさかのぼります。1910年、ドイツの病理学者Charles Thörelは洞結節と房室結節を結ぶ特殊な線維束の存在を報告しました。Thörelは心房内に通常の心筋細胞とは異なる特徴を示す細胞を認め、これらが洞結節と房室結節をつなぐ伝導路を形成していると考えました。

しかし、この説は当時の研究者たちから十分な支持を得られませんでした。その背景には特殊伝導組織をどのように定義するかという問題がありました。

特殊伝導組織と認めるための条件

1900年代初頭、AschoffやMönckebergらによっ、特殊伝導組織を組織学的に識別するための考え方が整理されました。

重要なのは次の3点です。

  1. 周囲の通常心筋とは異なる組織学的特徴をもつこと。
  2. その組織が連続した構造を形成していること。
  3. 周囲の通常心筋から区別してその連続性を追跡できること。

つまり、通常の心筋とは異なる細胞が部分的に存在するだけでは独立した特殊伝導路が存在することの証明にはなりません。

特殊な細胞が洞結節から房室結節まで連続して存在することを示す必要があるのです。

Thörelの報告はこの点を十分に証明できていないと考えられました。その後、洞結節から房室結節への興奮は通常の心房筋を介して伝わるという考え方が長く支持されました。


1963年:Jamesによる3本の房室結節間路の提唱

房室結節間路の議論が再び大きく注目されたのが1963年です。Thomas N. Jamesは、ヒト心臓の解剖学的・組織学的研究に基づき、洞結節と房室結節の間に3本の伝導経路が存在すると報告しました。

James TN. The connecting pathways between the sinus node and A-V node and between the right and the left atrium in the human heart.American Heart Journal. 1963;66:498–508.

Jamesは69例のヒト心臓の組織学的研究と別の42例の肉眼解剖を行い、3本の経路を提唱しました。

① 前結節間路(anterior internodal tract)

前結節間路は洞結節から上大静脈の前方を回り、Bachmann束付近を経由して心房中隔を下行し房室結節へ向かう経路です。Bachmann束は右心房と左心房をつなぐ主要な心房間筋束として知られています。

Jamesはこの領域の一部が房室結節への興奮伝導にも関与すると考えました。ただし、Bachmann束そのものと前結節間路は同一の構造ではありません。

② 中結節間路(middle internodal tract)

中結節間路は洞結節付近から上大静脈の後方を通り、心房中隔の上部を経由して房室結節へ向かう経路です。Wenckebach束とも呼ばれます。

③ 後結節間路(posterior internodal tract)

後結節間路は洞結節から分界稜(crista terminalis)に沿って下行し、下大静脈やEustachian ridge付近を経由して房室結節の後方へ向かう経路です。Thörel束とも呼ばれます。

Jamesは3本のPurkinje線維束を発見したのか?

Jamesはこれら3本の経路がすべてPurkinje線維だけで構成されていると主張したわけではありません。実際には通常の心筋細胞とPurkinje様の特徴を示す細胞が混在していると考えていました。また、ヒス束のように周囲の心筋から線維性組織によって完全に隔てられているわけでもありませんでした。

したがって、Jamesの主張は通常の心房筋を含みながらも特殊な伝導機能をもつ連続した筋束が3本存在するという考え方に近いものでした。この3本の経路を示した模式図は非常にわかりやすく、その後、多くの教科書に掲載されるようになりました。

しかし、Jamesの研究結果に対しては後に解剖学的な反論が示されることになります。


Andersonらによる反論:特殊伝導路は確認できない

Jamesの3経路説に対して重要な反論を行ったのがRobert H. Anderson、Anton E. Becker、Siew Yen Hoらです。彼らは、心房内の組織構造を詳細に検討し、Jamesが提唱した3本の独立した特殊伝導路についてその存在を裏づける十分な組織学的証拠がないと主張しました。

代表的な論文が、1981年に発表された以下の研究です。

Anderson RH, Ho SY, Smith A, Becker AE. The internodal atrial myocardium.The Anatomical Record. 1981;201:75–82.

① 特殊伝導細胞が連続した束を形成していない

Jamesは3本の経路に通常の心筋とは異なる特徴を示す細胞が存在すると報告しました。しかし、Andersonらはこれらの細胞が洞結節から房室結節まで連続した独立の特殊伝導路を形成していることを確認できませんでした。

特に重要なのは通常の心房筋と特殊伝導組織を明確に区別できるかどうかです。単に細胞の形態が異なることや一定の方向に筋線維が配列していることだけでは特殊伝導路の存在を証明したことにはなりません。

② 心房筋そのものが優先伝導経路を形成できる

右心房には分界稜や櫛状筋、心房中隔周囲の筋束など、特徴的な心筋構造が存在します。これらの筋束は心房内の興奮伝播に大きく影響します。

例えば、分界稜に沿って心筋線維が配列している場合、その方向に興奮が伝わりやすくなることがあります。したがって、一定の経路に沿って興奮が速く伝わる現象を観察してもそれが特殊な伝導細胞によるものとは限りません。

③ 伝導経路は必ずしも3本ではない

Jamesは前・中・後の3本の経路を提唱しました。しかし、心房内の興奮伝播は、心房筋の配列や周囲の解剖学的構造によって決まります。右心房には上大静脈、下大静脈、冠静脈洞、卵円窩などの構造が存在し、興奮はこれらの構造を避けながら伝播します。

そのため、複数の優先伝導経路が生じることは自然ですが、その数が必ず3本になるという解剖学的な必然性はありません。Andersonらの考え方では興奮が優先的に伝わる経路の存在と独立した特殊伝導組織の存在は区別する必要があるのです。


論争の鍵となった「異方性伝導」とは?

房室結節間路の存在を考えるうえで最も重要な概念が異方性伝導(anisotropic conduction)です。異方性とは方向によって物理的な性質が異なることを意味します。

心筋の場合、興奮の伝導速度は筋線維の方向によって異なります。一般に、心筋線維の長軸方向には興奮が伝わりやすく長軸に直交する方向には伝わりにくいという特徴があります。

なぜ伝導速度が異なるのか?

心筋細胞はギャップ結合を介して隣接する細胞と電気的につながっています。興奮伝播には、細胞の形状、細胞間結合の配置、細胞膜の興奮性、周囲組織の電気的負荷などが関係します。これらの条件は、筋線維の長軸方向と横断方向で異なるため興奮の伝導速度に差が生じます。

つまり、特別なPurkinje線維が存在しなくても通常の心房筋の配列だけで興奮が優先的に伝わる経路を形成できるのです。この異方性伝導の理解は房室結節間路を特殊伝導組織として説明する必要性を大きく低下させました。

分界稜は特殊伝導路なのか?

分界稜(crista terminalis)は、右心房内に存在する解剖学的に明瞭な筋性隆起です。分界稜に沿って興奮が比較的速く伝わることがありますが、これは必ずしも分界稜がヒス束のような特殊伝導組織であることを意味しません。

分界稜という筋束は実在し、その構造が興奮伝播に影響することも確かです。しかし、解剖学的に明瞭な筋束であることと、特殊伝導細胞からなる独立した伝導路であることは別問題です。この違いが房室結節間路を理解するうえで非常に重要になります。


特殊伝導路には電気的な絶縁が必要なのか?

ヒス束や脚では線維性組織によって周囲の作業心筋との電気的結合が制限され、比較的独立した伝導系が形成されています。一方、Jamesが提唱した房室結節間路は周囲の心房筋から完全に絶縁されているわけではありませんでした。

では、絶縁されていないことを理由に特殊伝導路の存在を否定できるのでしょうか?答えは、必ずしもそうではありません。

例えば、ある筋束が周囲の心房筋と電気的につながっていても細胞の配列や電気生理学的特性によって他の領域より速く興奮を伝えることは可能です。そのため、電気的な絶縁は優先的な興奮伝導が成立するための必須条件ではありません。

ただし、ヒス束のような独立した特殊伝導路であると主張する場合には通常心筋と区別できる組織学的特徴や連続性を示す必要があります。したがって、房室結節間路の存在をめぐる論争は単に絶縁されているかどうかではなく、特殊な細胞構造をもつ連続した伝導束が本当に存在するのかという問題なのです。


Bachmann束は存在するのになぜ房室結節間路は否定されるのか?

Bachmann束は右心房と左心房をつなぐ主要な心房間筋束です。解剖学的に確認されている構造であり左右心房間の優先伝導に重要な役割を果たします。

しかし、Bachmann束が存在することとJamesの提唱した前結節間路が独立した特殊伝導路として存在することは同じ意味ではありません。

Bachmann束は主として通常の心房筋から構成される筋束でありヒス束やPurkinje線維と同じ意味での特殊伝導組織とは限りません。また、Bachmann束の主要な役割は左右心房間の興奮伝播です。

したがって、Bachmann束の存在が確認されているからといって洞結節から房室結節まで連続する独立した前結節間路の存在が証明されたことにはなりません。この違いを整理すると次のようになります。

構造解剖学的な存在主な役割
Bachmann束確立左右心房間の優先伝導
分界稜確立右心房内の興奮伝播に関与
前結節間路独立した特殊伝導束として未確証歴史的に提唱された経路
中結節間路独立した特殊伝導束として未確証歴史的に提唱された経路
後結節間路独立した特殊伝導束として未確証歴史的に提唱された経路

つまり、心房内に明瞭な筋束が存在することとその筋束が特殊伝導組織であることは区別する必要があります。


現在ではどのように考えられているのか?

現在では心房内の興奮伝播は主として通常の心房筋の解剖学的配列と電気生理学的特性によって説明されています。高密度電位マッピングや詳細な組織学的研究などにより心房内の興奮伝播には次のような特徴があると理解されています。

  • 興奮は心房全体に均一な速度で広がるわけではない。
  • 心房筋線維の配列によって伝導速度や伝播方向が変化する。
  • 分界稜などの筋束が優先伝導に関与する。
  • 静脈開口部や心房中隔などの解剖学的構造が興奮伝播に影響する。
  • 房室結節への興奮到達には、複数の心房筋経路が関与し得る。

これらの知見は通常の心房筋によって優先伝導が成立するという考え方を支持しています。一方、Jamesが提唱した3本の結節間路についてはヒス束や脚のような独立した特殊伝導組織としての存在は、現在でも組織学的に確立されていません。

2023年にはこの論争の歴史を再検討した総説が発表されました。

Internodal conduction pathways: revisiting a century-long debate on their existence, morphology, and location in the context of 2023 best science.Advances in Physiology Education. 2023.

この総説でも洞結節から房室結節へ向かう優先伝導経路の存在と独立した特殊伝導組織としての存在を区別する重要性が強調されています。


なぜ現在でも教科書に3本の房室結節間路が描かれているのか?

Jamesの3経路説は洞結節から房室結節への興奮伝播を非常にわかりやすく説明できるモデルでした。前・中・後の3本の経路を示すことで、心房内の興奮伝播を視覚的に理解しやすくなります。

また、Jamesが提唱した経路の一部は、実際の心房筋の優先伝導領域と重なっています。そのため、教育的な模式図として広く普及したと考えられます。

しかし、ここで注意しなければならないのは模式図として理解しやすいことと、描かれている構造が独立した特殊伝導組織として実在することは別問題だという点です。

3本の経路を、興奮が伝わりやすいおおよその方向として説明するのであれば、教育的な意味があります。一方、3本の特殊伝導線維束が解剖学的に証明されているかのように説明すると誤解を招く可能性があります。


房室結節間路は存在するのか? 結論を整理

これまでの研究を整理すると次のようになります。

命題現在の評価
洞結節から房室結節へ興奮が伝わる経路が存在する確立
心房内に優先伝導経路が存在する確立
異方性伝導が優先伝導に関与する強く支持される
Jamesの3経路が独立した特殊伝導束として存在する組織学的に未確証
3経路がヒス束のような特殊伝導系を形成する十分な証拠がない

ここで注意したいのはJamesの3経路説が完全に否定されたと断言することも適切ではないという点です。特殊な伝導特性をもつ細胞が心房内に局所的に存在する可能性と3本の独立した特殊伝導束が連続して存在するという主張は、別々に評価する必要があります。現在の研究では後者を支持する証拠が不足しているという理解が適切です。

まとめ

房室結節間路は洞結節から房室結節へ興奮を伝える経路として古くから研究されてきました。1910年にThörelが特殊伝導路の存在を提唱し、1963年にはJamesが前・中・後の3本の結節間路を報告しました。

しかし、その後のAndersonらによる解剖学的研究ではこれらが独立した特殊伝導組織として存在することを示す十分な証拠は得られませんでした。さらに、異方性伝導の研究が進んだことで通常の心房筋の配列だけでも優先的な興奮伝播が成立することが明らかになりました。

したがって、現在の理解を一文で表現すると次のようになります。

「洞結節から房室結節への優先伝導経路は存在するが、古典的に提唱された3本の房室結節間路がヒス束や脚のような独立した特殊伝導組織として存在することは証明されていない。」


参考文献

1.James TN.The connecting pathways between the sinus node and A-V node and between the right and the left atrium in the human heart.Am Heart J. 1963;66:498–508.

2.Anderson RH, Ho SY, Smith A, Becker AE.The internodal atrial myocardium.Anat Rec. 1981;201:75–82.

3.Critical Assessment of the Concepts and Misconceptions of the Cardiac Conduction System over the Last 100 Years: The Personal Quest of Robert H. Anderson.J Cardiovasc Dev Dis. 2021.

4.Internodal conduction pathways: revisiting a century-long debate on their existence, morphology, and location in the context of 2023 best science.Adv Physiol Educ. 2023.