- 異常Q波の診断基準
- ① 1920年代:心筋梗塞とQ波の関係が研究され始める
- ② 1930年:Pardeeによる25%基準
- ③ 1934年:正常Q波と異常Q波の区別が研究される
- ④ 1940〜1950年代:25%基準の限界が明らかになる
- ⑤ 1960年:Minnesota Codeの登場
- ⑥ 1999〜2000年:異常Q波の定義が大きく変化する
- ⑦ 2007年:Universal Definition of Myocardial Infarction
- ⑧ 2018年:第4版Universal Definition of Myocardial Infarction
- 異常Q波の診断基準の歴史:年表
- なぜ25%という数字が選ばれたのか?
- まとめ
- 参考文献
異常Q波の診断基準
異常Q波の古典的な診断基準として一般に以下の2つが知られています。
- Q波の幅が0.04秒(40 ms)以上
- Q波の深さがR波の1/4(25%)以上
しかし、なぜQ波の深さはR波の「1/4」なのでしょうか。
1/3でも1/5でもなく25%という数字が採用された背景には約100年にわたる心筋梗塞の心電図診断の歴史があります。
実は、異常Q波の診断基準は最初から統一されていたわけではありません。研究者によって異なる数値が提唱され、正常Q波と梗塞性Q波を区別するために改良が重ねられてきました。
今回は異常Q波の診断基準が成立した経緯とその後の変遷を時系列で解説します。
① 1920年代:心筋梗塞とQ波の関係が研究され始める
20世紀初頭、心電図検査では現在のような12誘導心電図は普及しておらず、標準肢誘導であるI、II、III誘導を中心に診断が行われていました。この時代に心筋梗塞に伴う心電図変化としてST部分の変化やQRS波形の異常が研究されるようになりました。
心筋梗塞によって心筋の電気的活動が失われると心室興奮の電気的バランスが変化し、梗塞領域に面した誘導で深いQ波が出現することがあります。ただし、Q波は正常な心電図にも認められるため単にQ波が存在するだけでは心筋梗塞とは診断できません。そこで正常Q波と異常Q波を区別するための定量的な基準が必要になりました。
② 1930年:Pardeeによる25%基準
異常Q波の歴史において重要な人物の一人が米国の循環器医Harold E. B. Pardeeです。後年の文献によると、Pardeeは1930年にIII誘導の深いQ波を後壁心筋梗塞の診断所見として評価する際に25%という数値を用いていました。
その基準は次のようなものでした。
III誘導のQ波の深さが標準肢誘導における最大R波の25%以上であること
ここで注意すべきなのは現在知られている「同一誘導のQ/R≧25%」とは計測方法が異なる点です。Pardeeの基準として後年引用されたものでは、III誘導のQ波をI・II・III誘導の中で最も高いR波と比較していました。一方、現在一般的に説明されるQ/R比は同じ誘導内のQ波とR波を比較します。
つまり、25%という数字は共通していますが分母となるR波が異なります。この1930年の基準は25%という閾値が用いられた初期の重要な記録と考えられます。
③ 1934年:正常Q波と異常Q波の区別が研究される
1934年、ShookhoffとDouglasは正常者と異常者におけるQ波の特徴を検討した研究を発表しました。
Shookhoff C, Douglas AH. The “Q” Deflection in Normal and Abnormal Human Electrocardiograms. Ann Intern Med. 1934;8:177–191.
この研究はQ波の存在そのものではなく、正常Q波と病的Q波をどのように区別するかという問題を扱った初期の重要な論文です。当時、深いQ波は心筋梗塞を示唆する所見として注目されていましたが、正常者にも深いQ波が認められることが問題となっていました。
特にIII誘導は心臓の電気軸や位置の影響を受けやすく、心筋梗塞がなくても比較的深いQ波が出現する場合があります。そのため、Q波の深さだけでは心筋梗塞を正確に診断できないことが次第に認識されるようになりました。
後年の文献ではQ波幅40 ms以上、Q波の深さがR波の25%以上という古典的な基準が1934年頃から使用されていたと説明されています。ただし、この時点で現在のQ/R≧25%という定義が完全に統一されていたわけではありません。
④ 1940〜1950年代:25%基準の限界が明らかになる
その後、心筋梗塞の心電図診断が普及するにつれて25%という閾値の問題点が指摘されるようになりました。最大の問題は正常者でも基準を満たすQ波が出現することです。特にIII誘導では心筋梗塞が存在しなくても深いQ波が認められることがありました。
このため、研究者によってはより厳しい基準が提案されました。例えば、III誘導のQ波について標準肢誘導の最大R波の50%以上、あるいは75%以上といった閾値も検討されました。
一方、GoldbergerやMyersらはaVF誘導などの単極誘導を用いた異常Q波の診断を研究しました。当時の日本語文献には次のような基準が紹介されています。
| 研究者 | Q波の基準 |
|---|---|
| Pardee | III誘導のQ波が標準肢誘導の最大R波の25%以上 |
| Goldberger | aVFのQ波がQRS全振幅の40%以上、またはR波の60%以上で、幅40 ms以上 |
| Myersら | aVFのQ波がR波の25%以上で、Q波開始から最深点まで30 ms以上 |
このように研究者によって異なる診断基準が使用されていました。
特に注目したいのはMyersらの基準です。ここではaVF誘導において同一誘導のR波に対するQ波の比率が25%以上という考え方が使用されています。これは現在よく知られているQ/R≧25%に近い計測方法です。
ただし、Myersらの基準にある30 msはQ波の開始から最深点までの時間であり、現在一般的に用いられるQ波全体の幅とは異なる点に注意が必要です。
この時代にはQ波の深さだけでなく、幅や出現誘導を組み合わせて判断する重要性が認識されるようになりました。
⑤ 1960年:Minnesota Codeの登場
1960年、心電図所見を統一的に分類するためのMinnesota Codeが発表されました。Minnesota Codeは主に疫学研究において異なる施設や研究者が心電図所見を客観的かつ再現性よく分類するために開発された体系です。
ここで重要なのは、Minnesota Codeでは異常Q波を単純に「Q/R≧25%」とは定義していないことです。例えば、後年のMinnesota Codeでは誘導やQ波幅に応じてQ/R≧1/3やQ/R≧1/5などの閾値が用いられています。
つまり、異常Q波の診断基準として25%以外の数値も正式な分類体系に採用されたことになります。これは25%という値が心筋壊死の有無を完全に区別する絶対的な境界ではないことを示しています。
また、Minnesota CodeではQ波の深さだけでなく、幅や出現誘導などを組み合わせて分類しています。
⑥ 1999〜2000年:異常Q波の定義が大きく変化する
1990年代後半から2000年代にかけて心筋梗塞の診断基準は大きく変化しました。1999年のTIMI研究などではQ波の深さだけでなく持続時間や複数誘導における所見が重視されました。
さらに2000年にはESC/ACCによる心筋梗塞の再定義が発表されました。この時期から異常Q波の評価において、古典的なQ/R≧25%という比率よりもQ波の幅や絶対的な深さ、出現誘導などが重視されるようになります。
例えば、Q波幅30 ms以上やV1〜V3におけるQ波の存在などが重要な診断所見として扱われました。ただし、誘導ごとに異なる条件が設定されており、単一の数値ですべての異常Q波を定義できるわけではありません。
⑦ 2007年:Universal Definition of Myocardial Infarction
2007年には心筋梗塞の普遍的定義(Universal Definition of Myocardial Infarction)が発表されました。この診断基準では陳旧性心筋梗塞を示唆する異常Q波として以下のような所見が示されました。
- V2〜V3における幅20 ms以上のQ波、またはQS型
- I、II、aVL、aVF、V4〜V6の隣接する2誘導における幅30 ms以上、深さ0.1 mV以上のQ波、またはQS型
これらは脚ブロックなどがない場合に評価する基準です。ここでは古典的な「Q/R≧25%」という比率は主要な診断条件として採用されていません。
一方、正常な中隔性Q波の説明にはR波の1/4未満という比率が引き続き用いられています。つまり、25%という数値は完全に消えたわけではなく、正常Q波を説明する際の目安として残っています。
⑧ 2018年:第4版Universal Definition of Myocardial Infarction
2018年に発表された第4版Universal Definition of Myocardial Infarctionでも異常Q波の評価ではQ波の幅、深さ、出現誘導が重視されています。代表的な基準は以下のとおりです。
- V2〜V3で幅20 ms以上のQ波、またはQS型
- I、II、aVL、aVF、V4〜V6の解剖学的に隣接する2誘導で、幅30 ms以上かつ深さ0.1 mV以上のQ波、またはQS型
このように現在の国際的な心筋梗塞診断基準ではQ/R≧25%のみをもって異常Q波を判断することは推奨されません。
また、心筋梗塞以外にも、心筋症、心室肥大、WPW症候群、伝導障害などによって異常Q波に類似した波形が出現することがあります。そのため、心電図所見だけでなく臨床経過や画像検査などを組み合わせて判断する必要があります。
異常Q波の診断基準の歴史:年表
| 年代 | 主な出来事 | 異常Q波の診断基準への影響 |
|---|---|---|
| 1920年代 | 心筋梗塞に伴うQRS変化の研究が進む | Q波と心筋梗塞の関係が注目される |
| 1930年 | Pardeeの25%基準 | III誘導のQ波を標準肢誘導の最大R波と比較 |
| 1934年 | Shookhoff・Douglasらの研究 | 正常Q波と異常Q波の区別を検討 |
| 1940〜1950年代 | Goldberger・Myersらの研究 | 同一誘導のQ/R比やQ波幅を組み合わせた基準が使用される |
| 1960年 | Minnesota Code | Q/R=1/3や1/5など、異なる閾値を用いた分類体系が登場 |
| 1999年 | TIMI研究など | Q波幅や複数誘導の所見が重視される |
| 2000年 | ESC/ACCの心筋梗塞再定義 | Q/R≧25%に依存しない基準へ |
| 2007年 | Universal Definition of MI | Q波の幅・深さ・誘導分布を組み合わせた診断 |
| 2018年 | Fourth Universal Definition of MI | 現代の異常Q波の評価基準が整理される |
なぜ25%という数字が選ばれたのか?
ここまでの歴史を振り返ると、25%という数値は心筋壊死の有無を完全に区別する生理学的な境界として発見されたものではなく、正常Q波と梗塞性Q波を区別するために歴史的に使用されてきた経験的な閾値と考えられます。
その後、正常者でも25%を超えるQ波が認められることが明らかとなり、研究者によって異なる閾値が提唱されました。さらに、Q波の深さだけでなく幅や出現誘導を組み合わせることで心筋梗塞をより正確に診断しようとする方向へ発展しました。
このような歴史を経て、現代ではQ/R≧25%という単純な基準だけでなく、複数の心電図所見を総合的に評価する方法が採用されています。
まとめ
異常Q波の古典的な診断基準である「Q波の深さがR波の1/4以上」という考え方は、1930年代まで遡る長い歴史を持っています。当初はIII誘導のQ波を他の肢誘導のR波と比較する方法も使用されていましたが、その後は同一誘導のQ/R比を用いる基準が普及しました。
しかし、正常者にも深いQ波が認められることや誘導によってQ波の正常範囲が異なることなどから、診断基準は改良されてきました。現在ではQ波の深さだけでなく、幅、出現誘導、隣接誘導における所見などを組み合わせて評価することが重要とされています。
「Q/R≧1/4」という数字は、心筋梗塞の診断が発展してきた歴史を反映した古典的な指標であり、現在の心筋梗塞診断における絶対的な境界ではありません。
参考文献
- Shookhoff C, Douglas AH. The “Q” Deflection in Normal and Abnormal Human Electrocardiograms. Ann Intern Med. 1934;8:177–191. https://doi.org/10.7326/0003-4819-8-2-177
- Rubin IL, Rose OA. The Correlation Between the Q Waves of aVF and Esophageal Leads in the Diagnosis of Posterior Myocardial Infarction. https://citeseerx.ist.psu.edu/document?doi=b38fa00e0c12aff156748b2cf881e003f15ff05b&repid=rep1&type=pdf
- 日本循環器學誌. 第18巻第11号. 後壁梗塞におけるQ波診断基準に関する歴史的考察. https://www.jstage.jst.go.jp/article/circj1947/18/11/18_KJ00004878615/_pdf
- Pathological Q Waves in Myocardial Infarction in Patients Treated by Primary PCI. JACC Cardiovasc Imaging.2013. https://doi.org/10.1016/j.jcmg.2012.08.018
- Thygesen K, et al. Fourth Universal Definition of Myocardial Infarction (2018). Circulation. 2018;138–e651. https://doi.org/10.1161/CIR.0000000000000617
