左脚後枝ブロックはどのように発見されたのか? ― 120年の歴史を深掘り

左脚後枝ブロックの歴史

左脚後枝ブロック(left posterior fascicular block:LPFB)は、心電図で著明な右軸偏位を呈する伝導障害として知られています。

しかし、右軸偏位は右室肥大、肺疾患、側壁梗塞、心臓の位置変化などでも生じるため、心電図だけで左脚後枝の伝導障害を確定することは困難です。

では、心電図だけでは確定できない左脚後枝ブロックは、どのようにして発見されたのでしょうか。

その歴史を調べると、1906年の田原淳による心臓刺激伝導系の解剖学的研究、1917年の動物実験、1950年代の臨床観察、1960年代のRosenbaumらによるhemiblockの体系化など、さまざまな研究が積み重なって現在の診断概念が形成されたことがわかります。

今回は、左脚後枝ブロックの発見と診断概念の発展について、歴史的な経緯を時系列で詳しく解説します。


1906年:田原淳による左脚分枝の解剖学的発見

左脚後枝ブロックの歴史は、心電図による診断よりも前に始まります。1906年、日本人病理学者の田原淳(Sunao Tawara)は、心臓刺激伝導系の構造を詳細に研究し、『Das Reizleitungssystem des Säugetierherzens(哺乳動物の刺激伝導系)』を発表しました。

田原は、房室結節からヒス束、左右の脚、さらに末梢のプルキンエ線維へと連続する刺激伝導系を解剖学的に明らかにしました。特に重要なのは、左脚が単純な一本の伝導路ではなく複数の方向へ広がる線維構造を持つことを示した点です。

田原の解剖図には、左脚から前方、後方、中隔方向へ向かう線維群が描かれています。これは現在の左脚前枝(LAF)、左脚後枝(LPF)、左脚中隔枝(LSF)に対応する構造として解釈されています。

ただし、田原が現在の左脚前枝ブロックや左脚後枝ブロックの心電図診断を確立したわけではありません。当時は各分枝の伝導障害によって心電図がどのように変化するのか十分には解明されていませんでした。

つまり、左脚後枝という解剖学的構造は左脚後枝ブロックという心電図診断よりも先に知られていたのです。

参考文献:The History of Left Septal Fascicular Block(2008)


1917年:動物実験によって分枝障害と電気軸の関係が明らかになる

1917年、ドイツの研究者RothbergerとWinterbergは犬の心臓を用いて左脚の分枝を障害する実験を行いました。この研究では左脚の前方線維と後方線維をそれぞれ切断し、心電図にどのような変化が生じるのかを観察しました。

その結果、前方線維と後方線維では障害した際の心電図変化が異なることが確認されました。特に、前方線維の切断と後方線維の切断ではQRS波の形態や前額面の電気軸に異なる影響が生じました。

この実験は左脚の異なる分枝が心室興奮の方向を規定していることを示す初期の実験的根拠となりました。ただし、当時の誘導法は現在の標準12誘導心電図とは異なり、実験結果を現在のLPFB診断基準にそのまま対応させることはできません。

また、後方線維の切断によって現在の意味での完全な左脚後枝ブロックが選択的に作成されたと断定することにも注意が必要です。それでも、左脚の分枝を実際に障害することで心電図が変化するという発見はその後のhemiblock研究の重要な出発点となりました。

参考文献:The History of Left Septal Fascicular Block(2008)


1930〜1950年代:左軸偏位と左脚分枝障害の関係が注目される

動物実験によって左脚の分枝障害が心電図に影響することは示されましたが、その後すぐに現在の診断概念が確立されたわけではありません。1930年代にはWilsonらが下壁誘導の深いS波と左脚前方線維の障害との関連を考察しました。さらに1950年代には、Grantらが著明な左軸偏位の成因として左脚前方線維の伝導障害を重視するようになりました。

この時期に研究の中心となったのは左脚後枝ブロックよりも左脚前枝ブロックでした。左脚前枝は比較的細長く、限局した障害によって伝導異常が生じやすいと考えられています。

一方、左脚後枝は一般に前枝より幅広く、末梢で広範囲に分布するため、障害を受けにくいと考えられていました。そのため、左脚後枝ブロックの臨床例を見つけることは左脚前枝ブロックよりも難しかったと考えられます。

参考文献:Fascicular Blocks: Update 2019


1950年代:Rosenbaumが電気軸の交互変化を示す症例を経験する

左脚後枝ブロックの歴史において特に重要なのがアルゼンチンの心電図学者Mauricio B. Rosenbaumによる臨床観察です。

1950年代、Rosenbaumは冠動脈疾患を有する患者の心電図で興味深い変化を観察しました。この患者は右脚ブロックを呈していましたが、心電図の記録時期によってQRS電気軸が大きく異なっていました。

ある時点では右脚ブロックに加えて著明な左軸偏位(約−75°)を示していました。ところが、数週間後には右脚ブロックが持続したまま電気軸が約+110°の右軸偏位に変化しました。さらに、同一の心電図記録中にこれら2種類のQRS波形が交互に出現することも確認されました。この所見は非常に重要でした。

なぜ右脚ブロックがあることが重要だったのか?

右脚がブロックされている場合、心室興奮は主として左脚系を経由して左室に伝わります。したがって、右脚ブロックが持続しているにもかかわらず電気軸が大きく変化する場合、左脚内部の伝導経路が変化している可能性が考えられます。Rosenbaumらは次のように解釈しました。

右脚ブロック+左軸偏位(−75°)

左脚前枝が障害され、興奮が主として左脚後枝を経由して伝わる。その結果、左室の後下方から前上方へ向かう興奮成分が優位となり左軸偏位を生じる。

右脚ブロック+右軸偏位(+110°)

左脚後枝が障害され、興奮が主として左脚前枝を経由して伝わる。その結果、左室の後下方への興奮が遅れQRS電気軸が右下方へ偏位する。

このように、同一患者で右脚ブロックが持続しながら左軸偏位と右軸偏位が交互に出現する現象は左脚内部に機能的に異なる伝導経路が存在することを示唆しました。

もちろん、電気軸の変化だけで障害部位を直接観察したわけではありません。しかし、同一患者において伝導状態が変化し、それに対応して心電図が変化するという観察は単一の心電図所見よりも強い根拠となります。

この症例を含む臨床観察は、後にhemiblockという概念を体系化する重要な契機となりました。なお、歴史的症例の右軸偏位は約+110°であり、現在一部で用いられる+120°以上という診断閾値には達していません。この点も左脚後枝ブロックの診断基準の歴史を考えるうえで興味深い事実です。

参考文献:Fascicular Blocks: Update 2019


1960年代:解剖学的研究と動物実験による検証が進む

Rosenbaumらの臨床観察と並行して、左脚の分枝構造や興奮伝播を検証する研究が進められました。

1960年代には、左脚の前方・後方線維の分布を染色によって可視化する研究や、動物の左脚分枝を障害して心電図の変化を観察する研究が行われました。1963年にはSpachらがヒト心臓の末梢刺激伝導系を可視化し、左脚の分枝とプルキンエ線維網の分布を示しました。

これらの解剖学的研究から、左脚後枝は一般に前枝より幅広く、心室中隔の後方や後乳頭筋方向へ分布することが確認されました。また、左脚前枝と後枝は完全に独立した二本の伝導路ではなく、末梢のプルキンエ線維網を介して相互に連絡していることも示されました。

この構造は左脚後枝ブロックの心電図変化を理解するうえで重要です。左脚後枝が障害されても、左脚前枝から伝わった興奮が末梢のプルキンエ線維網や心筋を介して後下方へ到達できるため、必ずしも著明なQRS幅の延長を生じるわけではありません。

左脚後枝ブロックではQRS幅の延長よりも心室興奮の方向が変化することが重要なのです。

参考文献:Spachら, Demonstration of the Peripheral Conduction System in Human Hearts(1963)


1968〜1970年:Rosenbaumらがhemiblockの概念を体系化する

1968年、Rosenbaum、Elizari、Lázzariらは、スペイン語の著書『Los Hemibloqueos』を発表しました。さらに1970年には英語の『The Hemiblocks』を刊行し、左脚前枝ブロックと左脚後枝ブロックの診断概念を体系的に紹介しました。

hemiblockという名称は左脚を機能的に前枝と後枝の二つに分け、その一方が障害された状態を意味します。このモデルでは心室内刺激伝導系は次の3つの主要な伝導経路から構成されると考えられました。

  • 右脚
  • 左脚前枝
  • 左脚後枝

これが、いわゆる三束伝導系(trifascicular conduction system)の概念です。ただし、この「三束」は右脚を含む心室内伝導系の機能的分類であり、左脚自体が解剖学的に必ず二本に分かれるという意味ではありません。

田原の研究でも中隔方向への線維が描かれていたように左脚の解剖学的構造はより複雑です。それでも、Rosenbaumらのモデルは右脚ブロックと電気軸偏位の組み合わせを理解するうえで非常に有用であり、その後の心電図診断に大きな影響を与えました。

参考文献:Fascicular Blocks: Update 2019


1969年:左脚後枝ブロックを動物実験で作成する

1969年、WattとPruittは犬および霊長類の心臓で左脚後枝の伝導障害を実験的に作成し、その心電図変化を検討しました。論文のタイトルは、Left Posterior Fascicular Block in Canine and Primate Hearts: An Electrocardiographic Studyです。

この研究が重要なのは、右軸偏位を示す患者を観察するだけでなく、左脚後枝を標的として障害を作成し、その前後で心電図がどのように変化するかを検討したことです。

左脚後枝は左室側の心室中隔心内膜下を走行する伝導線維群です。したがって、実験ではこの解剖学的位置を利用して伝導線維を障害する必要があります。当時の研究では分枝を直接損傷する方法や結紮によって局所の伝導線維を障害する方法が用いられていました。

実験の本質は障害前後の心電図を比較することにあります。左脚後枝の障害によってQRS電気軸が右下方へ変化するという結果は臨床的に考えられていたLPFBの興奮伝播モデルを支持するものでした。

このように、左脚後枝ブロックは単に右軸偏位という心電図所見から推測された概念ではなく、実験的研究によって裏づけられてきた伝導障害なのです。

参考文献:Watt TB Jr, Pruitt RD. Left posterior fascicular block in canine and primate hearts. An electrocardiographic study.Circulation. 1969;40:677–685.


1970年代:病理解剖によって診断概念の妥当性が検討される

左脚後枝ブロックの概念が普及する一方で重要な問題も残っていました。それは、心電図上の右軸偏位が本当に左脚後枝の解剖学的障害を反映しているのかという問題です。

右軸偏位は左脚後枝ブロック以外にもさまざまな原因で生じます。例えば、右室肥大、慢性肺疾患、側壁心筋梗塞、心臓の位置変化などです。そのため、右軸偏位を認めた患者の病理解剖を行い、左脚後枝の障害が存在するかを確認する研究が進められました。

1972年にはStricklandらが、左脚後枝ブロックと呼ばれる心電図パターンと肉眼解剖学的所見との関連を検討しました。また、DemoulinとKulbertusらによる左脚の組織学的研究では、左脚が単純な前枝・後枝の二分岐ではなく、中隔方向の線維や複雑な分岐構造を持つことが示されました。

これらの研究はhemiblockという概念を否定するものではありません。むしろ、心電図で観察される興奮伝播の変化と実際の解剖学的な障害部位が必ずしも一対一に対応しない可能性を示すものでした。

このため、左脚後枝ブロックの診断では単に電気軸だけを見るのではなく、臨床背景や他の疾患の除外が重要と考えられるようになりました。


左脚後枝ブロックが左脚前枝ブロックより少ない理由

左脚後枝ブロックの発見と研究の歴史を理解するうえで、左脚前枝ブロックよりも頻度が低い理由も重要です。その理由として、主に解剖学的特徴と血液供給の違いが挙げられます。

① 左脚後枝は幅広く分布する

左脚前枝は比較的細長い伝導線維群として走行するのに対し、左脚後枝は一般に幅広く、心室中隔の後方から後乳頭筋方向へ分布します。このため、限局した障害によって後枝全体の伝導が途絶する可能性は前枝と比べて低いと考えられています。

② 複数の冠動脈系から血液供給を受けることがある

左脚前枝は主に左前下行枝(LAD)の中隔枝から血液供給を受けます。一方、左脚後枝はLADの中隔枝に加えて、後下行枝(PDA)からも血液供給を受けることがあります。

後下行枝は、右冠動脈優位では右冠動脈から、左冠動脈優位では左回旋枝から分岐します。そのため、左脚後枝は二重の血液供給を受けることが多く、虚血による障害に対して比較的抵抗性があると説明されています。

ただし、左脚後枝の栄養血管には個体差があり、必ず二重血液供給を受けるわけではありません。また、左脚の近位部と末梢部では血液供給が異なる可能性があり、単純に「LADは前枝、PDAは後枝」と区別することはできません。

③ 末梢の伝導線維が相互に連絡している

左脚前枝と後枝は末梢のプルキンエ線維網を介して相互に連絡しています。そのため、一部の線維が障害されても別の経路を介して興奮が伝わる可能性があります。

これらの特徴が左脚後枝ブロックが比較的まれである理由の一部と考えられています。

参考文献:Fascicular Blocks: Update 2019


現在:なぜ左脚後枝ブロックは心電図だけでは確定できないのか?

現在でも左脚後枝ブロックの診断には慎重な判断が求められます。典型的な左脚後枝ブロックでは、QRS電気軸が右下方へ偏位し、I・aVL誘導でrS型、II・III・aVF誘導でqR型を示すことがあります。また、純粋な左脚後枝ブロックではQRS幅は正常範囲にとどまるか軽度の延長にとどまります。

しかし、これらの所見は左脚後枝ブロックに特異的ではありません。右室肥大や側壁心筋梗塞などによっても類似した電気軸やQRS波形が生じる可能性があります。したがって、心電図で右軸偏位を認めたからといってそれだけで左脚後枝ブロックと診断することはできません。

特に、次のような状況では診断の根拠が強くなります。

  • 同一患者で正常軸から右軸偏位への変化が確認できる場合
  • 右脚ブロックが持続した状態で、左軸偏位と右軸偏位が交互に出現する場合
  • 心電図変化が一過性で、伝導障害との関連が明らかな場合
  • 右軸偏位を生じる他の原因が十分に除外されている場合

つまり、左脚後枝ブロックは単一の心電図波形だけでなく、経時的変化と臨床背景を含めて判断する診断なのです。


まとめ

左脚後枝ブロックの発見は一つの心電図所見から突然生まれたものではありません。その歴史を整理すると次のようになります。

年代主な研究者発見・研究の意義
1906年田原淳左脚の複数の分枝を含む刺激伝導系の解剖学的構造を記載
1917年Rothberger、Winterberg犬の左脚分枝を障害し、心電図変化を観察
1930〜1950年代Wilson、Grantら左脚分枝障害と電気軸偏位の関連を検討
1950年代Rosenbaum右脚ブロックを伴う左軸・右軸偏位の交互変化を観察
1960年代Spach、Uhleyら左脚分枝と末梢伝導線維網の解剖学的研究
1968〜1970年Rosenbaum、Elizari、Lázzarihemiblockの概念を体系化
1969年Watt、Pruitt犬・霊長類で左脚後枝ブロックを実験的に検討
1970年代Demoulin、Kulbertusら左脚分枝の複雑な解剖学的構造を組織学的に検証
現在多くの研究者心電図所見と臨床背景を組み合わせてLPFBを診断

左脚後枝ブロックの発見で特に重要なのは、次の3点です。

・解剖学的構造の発見が心電図診断に先行していたこと

田原淳によって左脚の複雑な分枝構造が記載され、後の伝導障害研究の基礎となりました。

・動物実験によって分枝障害と心電図変化の因果関係が検討されたこと

左脚後枝を標的として障害することで、心室興奮の方向が変化することが示されました。

・同一患者で伝導障害が交互に出現するという臨床観察が診断概念の確立に大きく貢献したこと

Rosenbaumらが観察した右脚ブロックに伴う左軸偏位と右軸偏位の交互変化は、左脚前枝と後枝が機能的に異なる伝導経路として働くことを示す重要な証拠となりました。

このように、左脚後枝ブロックは、解剖学、動物実験、臨床心電図、病理学的研究を通じて理解が深められてきた伝導障害です。そして、その長い研究の歴史を経た現在でも単一の心電図だけで確定することが難しいという特徴は変わっていません。

左脚後枝ブロックの歴史は、心電図が単なる波形の分類ではなく、心臓の解剖学と興奮伝播の理解に基づいて発展してきたことを示す好例といえるでしょう。


参考文献

  1. Tawara S. Das Reizleitungssystem des Säugetierherzens. Gustav Fischer; 1906.
  2. Rothberger CJ, Winterberg H. 左脚分枝の実験的障害に関する研究(1917年)。
  3. Spach MS, et al. Demonstration of the peripheral conduction system in human hearts. Circulation. 1963;28:333–338. DOI
  4. Rosenbaum MB, Elizari MV, Lázzari JO. Los Hemibloqueos. Editorial Paidós; 1968.
  5. Rosenbaum MB, Elizari MV, Lázzari JO. The Hemiblocks: New Concepts of Intraventricular Conduction Based on Human Anatomical, Physiological and Clinical Studies. 1970.
  6. Watt TB Jr, Pruitt RD. Left posterior fascicular block in canine and primate hearts. An electrocardiographic study. Circulation. 1969;40:677–685. DOI
  7. Demoulin JC, Kulbertus HE. Histopathological examination of concept of left hemiblock. Br Heart J.1972;34:807–814. 全文
  8. Pérez-Riera AR, et al. The history of left septal fascicular block: chronological considerations of a reality yet to be universally accepted. Indian Pacing Electrophysiol J. 2008. 全文
  9. Elizari MV, et al. Fascicular Blocks: Update 2019. 全文
  10. Pérez-Riera AR, et al. Left posterior fascicular block, state-of-the-art review: A 2018 update. Indian Pacing Electrophysiol J. 2018;18:217–230. 全文